近年、日本への移住を希望する中国人の数が急激に増加しています。特に注目されているのが「経営・管理ビザ」の取得です。
このビザは、外国人が日本で会社を設立し、経営者として活動することを目的とした在留資格であり、比較的取得しやすいとされているため、多くの中国人がこのビザを通じて日本での長期滞在を目指しています。
私の行政書士事務所にも、経営・管理ビザを希望する外国人からの相談が殺到しています。現在、クライアントの約半数がこのビザに関する依頼であり、その中には事業内容が不透明であったり、実現性の低い計画を持ち込むケースも多く、やむなくお断りすることも少なくありません。
この背景には、ブローカーの存在と、中国国内で広まる情報が影響しています。
経営・管理ビザと500万円の関係とは?
経営・管理ビザの取得条件のひとつに、「事業に必要な規模を有する事務所の確保」および「500万円以上の投資」があります。この500万円という金額は、あくまで資本金であり、現金で持っている必要はなく、借入による調達も可能です。つまり、見かけ上は500万円を調達できればよいため、形式的に条件を満たすことは難しくないのです。
しかし、ここに落とし穴があります。形式的に条件を整えることは可能でも、実際にビジネスを継続していくための知識や経験、そして事業の実体が伴っていなければ、入国後に経営が立ち行かなくなり、在留資格の更新ができなくなる恐れがあります。
初心者の視点から見れば、「500万円で日本に住める」と簡単に考えがちですが、実際には、しっかりとした準備とビジネスの実態が求められるのです。
制度改正とビザ取得のハードル緩和
2015年4月の入管難民法改正までは、このビザは「投資・経営ビザ」と呼ばれていました。当時は、日本に住んでいない外国人が法人登記を行い、日本の金融機関で口座を開設するのは非常に難しく、多くの外国人にとって大きなハードルとなっていました。
しかし、法改正により、4か月間の準備在留資格が新たに設けられ、法人の定款作成や資本金の証明さえあれば、口座開設や登記を入国後に行うことが可能となりました。
この制度変更により、2023年の経営・管理ビザの発給件数は5426件にまで増加し、2014年の995件と比べて5倍以上の伸びを見せています。制度が柔軟になったことで、海外からの申請がしやすくなった反面、不正利用や形式だけを整えた申請も増えているのが現状です。
SNSで広がる日本移住の甘い情報
中国のSNSでは、「日本は住みやすい」「子供の教育環境がよい」「医療が手厚い」などの理由から、日本移住を推奨する投稿が多く見られます。その中には、「500万円でビザが取れる」「法人登記だけでOK」といった誤解を招く情報も散見されます。
このような投稿が拡散されることで、日本移住へのハードルが実際よりも低く感じられ、多くの人がビザ取得を目指して行動を始めます。特に経営・管理ビザは、他の在留資格と比べて条件を整えやすく、長期滞在につながる可能性が高いため、人気が集中しているのです。

群がるブローカーとその手口
このような状況に目をつけたのが、ビザ取得をあっせんするブローカーたちです。彼らは「ビザ取得保証」「手続き代行」「法人設立サポート」などをうたい、SNSやチャットアプリを通じて顧客を集めています。
中には、実態のない法人を設立させたり、資本金を一時的に見せかけるために「使い回し口座」を利用したりする悪質な手口も存在します。こうした申請は、一見すると書類上は整っているように見えるため、審査をすり抜けてしまうケースもあります。
しかし、入国後の実態調査や更新時の審査で虚偽が発覚すれば、在留資格の取り消しや退去強制処分となる可能性もあるため、非常にリスクが高いと言えるでしょう。

対策:審査の厳格化と資本金基準の見直しを
- 資本金要件を最低1000万円以上に引き上げる
- 資本金の「実在性」を厳格に確認する(口座残高証明の徹底)
- 審査期間を延長して、実体確認を強化する
- ブローカーによる偽装申請への罰則強化
- 行政書士や専門家の関与を必須に近づける制度設計
現在の「資本金500万円」は、制度設計当時の外国人起業促進を目的として設定されたハードルの低い基準です。しかし、その金額では日本で実質的な事業を継続するには不十分であり、ビザ取得目的のみの「ペーパー企業」を量産する温床にもなっています。
1. 資本金要件を1000万円以上に引き上げる
これは実際に事業を行う意思と資力があるかどうかの「ふるい分け」として機能します。例えば、オフィス家賃・人件費・仕入れコストなどを加味すると、年商1000万円程度の事業でもスタート時点で相応の資金が必要です。
2. 資本金の「実在性」を厳格に確認する
帳簿上の資本金ではなく、実際に法人の銀行口座にある現金として確認することが重要です。一時的に入金し、審査後すぐに引き出す「見せ金」対策として、一定期間の口座残高履歴を提出させるなどの仕組みが有効です。
3. 審査期間の延長と現地調査の強化
形式的な書類審査では見抜けないケースも多いため、入国管理局の人員体制を強化し、現地でのオフィス確認や関係者への聞き取り調査なども取り入れていくべきです。これにより、実態のない事業計画を排除できます。
4. ブローカーへの法的規制と罰則の強化
偽装申請をあっせんするブローカーには、より重い罰則を科す必要があります。本人だけでなく、違法行為を助長する第三者にも責任を負わせることで、制度の信頼性を高めることができます。
5. 行政書士など専門家の関与を推奨・義務化へ
経営管理ビザの申請は専門的な知識が求められるため、行政書士など国家資格者の関与を促すべきです。最低限、専門家による申請書類の確認または指導を義務づけることで、不正や誤申請のリスクを減らせます。

まとめ
- 経営・管理ビザは「日本で真面目に起業したい人」にとって有益な制度
- 一方、制度の甘さを突いた不正申請が横行
- ブローカーが誤情報で煽り、制度の信頼性を損ねている
- 今後は「実体ある起業」と「悪用目的」を明確に線引きする制度改革が必要
- 行政書士など専門家の役割がより重要に
経営・管理ビザは、外国人が日本でビジネスを始める際の重要な入口です。本来の目的は、日本経済に新たな価値をもたらす起業家を受け入れ、多様なビジネス文化を育てることにあります。その意味では、日本に真剣に根を下ろし、長期的なビジョンを持って経営に取り組もうとする外国人にとって、非常に有益な制度です。
しかし、現状ではその制度の“穴”を利用しようとする不正な動きが増え、特にSNSやブローカーの誤情報によって「日本に簡単に住める手段」として誤解されているケースが目立ちます。こうした状況は、制度の健全性を損ない、まじめに申請している外国人や、それを支援する専門家にも大きな不利益を与えかねません。
今後は、「制度の趣旨を正しく理解し、実体ある事業を行う人」と、「形式だけ整えて不法滞在や偽装就労の温床となる人」とをしっかりと峻別するための制度改革が急務です。資本金基準や審査体制の見直しに加え、行政書士や専門家の役割はより大きくなります。私たち実務家も、「通せる申請」ではなく「通すべき申請」を見極め、社会にとってプラスとなる外国人経営者を支援する姿勢を貫くことが求められています。