自動車盗難はなぜ減らないのか ― 浮かび上がる「文化の違い」と日本社会の課題

外国人問題

2025年10月31日、さいたま地裁で行われたベトナム籍の男の第9回公判が話題を呼んでいます。罪状は、出入国管理及び難民認定法違反、建造物侵入、窃盗など。自動車盗を繰り返し、約2,500万円もの報酬を得ていたとされています。検察は懲役8年を求刑しましたが、被告は「とても受け入れられません」と主張しました。

被告は裁判でこう語りました。

「捜査の際に警察は“本当のことを言えば罪が軽くなる”と言いました。ただ、今日の求刑を聞いて8年という量刑は受け入れられません。5年や6年なら頑張れますが、8年は無理です。逮捕されてから1年2か月以上、食べて寝ての意味のない時間を過ごしてきました。どうかこの8年間を見直してほしい」

この発言に、傍聴席にいた被害者は怒りを隠せなかったといいます。
高級車を盗まれた被害者にとって、被告の「食べて寝ての意味のない時間」という言葉は、到底理解しがたいものでした。


■ 自動車盗難の主役が「外国人グループ」になっている現実

警察庁によると、日本国内で発生する自動車盗難の検挙例では、外国人グループが関与するケースが急増しています。特に、ベトナム人や中国人による組織的な犯行が目立ちます。
被害車両は「ランドクルーザー」「レクサス」「ハイエース」など人気車種が中心で、盗難後は海外に転売されるケースが多いとされています。

こうした犯罪は、単なる個人犯ではなく「国際的な窃盗ネットワーク」の一部であり、日本国内での“実行犯”は、生活に困窮する外国人労働者である場合も少なくありません。

背景には、

・低賃金労働による生活苦
・仲介ブローカーによる搾取
・犯罪グループの組織的な勧誘


などの構造的問題があります。


■ 日本人の「善意」と「平和ボケ」が狙われる

こうした事件が繰り返される理由の一つに、日本社会の甘さがあります。
外国人労働者を安易に受け入れ、身元確認も不十分なまま雇用する企業が後を絶ちません。さらに、「かわいそうだから」「働き口を与えよう」という善意が、結果として犯罪組織の温床となるケースも見られます。

また、日本の防犯意識の低さも問題です。
キーを持たずにエンジンをかけられる「リレーアタック」や「CANインベーダー」と呼ばれる新しい手口が普及しているにもかかわらず、駐車場に防犯カメラすら設置していない家庭も少なくありません。

「まさか自分の車が盗まれるとは思わなかった」という油断が、犯罪者にとっては格好のターゲットになっているのです。


■ 「文化の違い」で済まされるのか?

今回の被告のように、「勾留中は食べて寝ての意味のない時間だった」と語る外国人が少なくありません。
日本人にとって、罪を償う時間は「反省と再出発のための期間」ですが、彼らにとっては「自由を奪われるだけの無駄な時間」なのです。
この価値観の違いが、再犯を防ぐことを難しくしています。

一部の専門家は「文化の違い」として片づけようとしますが、日本で生活する以上、日本の法と倫理を理解する努力は必要です。
他国のルールを持ち込んで良いはずがありません。


■ 「技能実習」「特定技能」の現場でも見えるひずみ

外国人犯罪の裏には、入管制度の歪みもあります。
技能実習制度を通じて来日した若者の中には、途中で失踪し、犯罪に手を染める者も少なくありません。
彼らを管理すべき受入れ機関や監理団体の責任も問われるべきでしょう。

実際、法務省の統計によると、毎年数千人規模の技能実習生が「所在不明」となっています。中には、闇バイトや窃盗団に組み込まれるケースもあるのです。


■ 「寛容さ」と「厳しさ」の線引きを

日本は長らく、外国人に対して寛容であることを美徳としてきました。しかし、寛容さが過ぎれば秩序が崩れます。
「文化の違いだから仕方ない」という言い訳が通る社会では、法の下の平等は成り立ちません。

自動車盗難は単なる物の被害ではなく、国民の安心と信頼を揺るがす犯罪です。
今後は、外国人の就労・滞在に関する制度を見直し、入国管理と再犯防止の両面から厳格な対応が求められます。


■ 終わりに

日本はこれからますます外国人労働者の受け入れを拡大していくとされています。しかし、犯罪に対する認識や道徳観の違いを軽視したままでは、社会の安全は守れません。
「文化の違い」という言葉の裏には、法を軽んじる意識も潜んでいるのです。

自動車盗難が減らない理由は、単なる治安の問題ではありません。
それは、日本人の平和ボケと制度の甘さ、そして“価値観の衝突”が生み出した現代日本の縮図と言えるでしょう。